カテゴリー
お勧めの本 ソーシャル

ベリーダンスジャパンマガジンVol.40

皆さん!40号にもベリーダンスジャパンマガジンにて私のドイツレポートの記事が掲載中です。ただ、内容が残念ながらベリーダンスジャパンマガジンさんとの契約で見せることが出来ないのとそれと同じ内容がブログ、などのネット等の記事に書けませんので是非ドイツのトライバルシーンやオリエンタルシーンについて知りたい方は購入してみて下さい。
それ以外も衣装について、日本でのシーンなど内容は盛り沢山ですので買う価値はありますよ~!
今回はオリエンタルとトライバルの合同イベントと、トライバル・ユージョンのローカルイベントについてです。

カテゴリー
お勧めの本 ソーシャル

Belly dance japan Magazine VOL39 発売!

皆さん!こちらのベリーダンスジャパンマガジンの世界のトライバル・フュージョン事情 第一回目ドイツ編の記事を書きました!!光栄にも第一回目という初の連載に書かせてもらい堂々の2ページに渡っての大きな記事です!!
ドイツでの今のホットな流行やダンサーを紹介してます。これから2017年度から2018年度に渡ってのベリーダンスジャパンマガジンのWBNの連載にも書いていきますので是非世界事情のベリーダンスを知りたければ要チェック!ですよ~★
内容は出版社の事情などありまして公開できませんので是非気になる方は購入してみて下さいね!

カテゴリー
プレミアムメンバー

ヨーロッパのベリーダンスの歴史

今日はヨーロッパとベリーダンスの関係の歴史について触れてみましょう!

18世紀からのエキゾチック

まず、18世紀~20世紀の間にヨーロッパの人々は中東に旅行にいって、ベリーダンスを見て書き残しました。
評論は・・・そのベリーダンスのおなかのスムーズな動きを見て(これって、ボディーロール、キャメルウォークの事でしょうかね・・〕凄い!と感動的な内容もあったのですが、でもその当時ヨーロッパはコルセットを着用してウェストを絞って見せる事をしていたこともあり、おなかを露にしていることがとても不道徳にみえたそうで・・
有名なこの旅行記の著作者は

  • ギュスタブーヴ フローベール
  • エミール ゾラ など

そしてナポレオンがエジプトに侵攻したさいにこのベリーダンスをみて中東に興味がでたそうです。その後にヨーロッパで中東のモチーフを用いたアクセサリーなど、デザインのものがヨーロッパで流行ったそうです。たぶん、ナポレオンがエジプトから中東の文化を持ち帰ったんでしょうね☆
そして、西洋でベリーダンスが人々の前に入ってきたのは1893年シカゴ世界展にてアメリカになりますが、その人の名前はシリアのリトルエジプト。ここではまだおなかを露にした格好が人々に受け入れられなかったのでそういうコスチュームは着てなかったそうです。その後彼女はバーレスクダンサーになったそうです・・。
初の西洋のベリーダンサーはアメリカから出てきました。彼女の名前はルースセントデニス彼女はダンスの学校を創立したひとでもあります。

シリアのLittle Egyptがシカゴでパフォーマンス(1983年)
シリアのLittle Egyptがシカゴでパフォーマンス(1983年)

アメリカの影響

ヨーロッパに本当にベリーダンスを一般の人々が習い始めたのは第二次大戦の後の話。アメリカから戦後にヨーロッパに移住してきたベリーダンスをすでにアメリカで習っていた軍人の奥さん方などからこっちのヨーロッパ人の女性に受け継がれて、今現在にいたるそうです。
ちなみにオランダ人で、マタ・ハリ というベリーダンサースパイがいました。
ドイツと、フランスにスパイした人です。この彼女について、は色々な映画が出てます。題名は“マタ・ハリ”。2014年に同じ題名で映画がハリウッドから出るそうです・・楽しみですね~~!!

マタ・ハリ:オリエンタルダンサーと誘惑の二重スパイ(1876年 - 1917年)
マタ・ハリ:オリエンタルダンサーと誘惑の二重スパイ(1876年 – 1917年)