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最近のオリエンタルの流行衣装について

今日はロシLeylaProjekt-cosアン(日本ではポリーナとか有名かな?ちなみにこちらのレイラが着ている衣装はデザイナーはAIDAです。私は全てひっくるめてロシアンもしくはヨーロピアンデザインと呼ぶ事にします)の衣装についてです。この写真ダンサーはこの間お話したレイラジョバンナ。私のオリエンタルの先生です。で、彼女のイベントでの模様。

この衣装はロシアスタイルです。最近流行っています。たぶんもう日本でもロシア衣装は流行ってると思うのですが、このようにエジプシャンと違いヨーロッパスタイルのデザインになりストーンもスワロフスキーの石を使ってたりでなんとも豪華!中東のデザイナーとは又ちょっと違った雰囲気ですね。きらきら度違います!笑ショーで照明に当たったときのきらきら度です。ロシア系はダイアモンドの様な輝きがなんとも人気です。有名ダンサーもロシアデザイン衣装着ている人すごく最近見ます。だんだんと流行のブランドも移って来ていると思います。それはべラからロシアデザインに、そしてダンスも同じく中東のクラシックからヨーロッパスタイルファンタジーへと流行も変わってきていると思います。少なくともここヨーロッパでは。

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ヨーロッパのベリーダンスの歴史

今日はヨーロッパとベリーダンスの関係の歴史について触れてみましょう!

18世紀からのエキゾチック

まず、18世紀~20世紀の間にヨーロッパの人々は中東に旅行にいって、ベリーダンスを見て書き残しました。
評論は・・・そのベリーダンスのおなかのスムーズな動きを見て(これって、ボディーロール、キャメルウォークの事でしょうかね・・〕凄い!と感動的な内容もあったのですが、でもその当時ヨーロッパはコルセットを着用してウェストを絞って見せる事をしていたこともあり、おなかを露にしていることがとても不道徳にみえたそうで・・
有名なこの旅行記の著作者は

  • ギュスタブーヴ フローベール
  • エミール ゾラ など

そしてナポレオンがエジプトに侵攻したさいにこのベリーダンスをみて中東に興味がでたそうです。その後にヨーロッパで中東のモチーフを用いたアクセサリーなど、デザインのものがヨーロッパで流行ったそうです。たぶん、ナポレオンがエジプトから中東の文化を持ち帰ったんでしょうね☆
そして、西洋でベリーダンスが人々の前に入ってきたのは1893年シカゴ世界展にてアメリカになりますが、その人の名前はシリアのリトルエジプト。ここではまだおなかを露にした格好が人々に受け入れられなかったのでそういうコスチュームは着てなかったそうです。その後彼女はバーレスクダンサーになったそうです・・。
初の西洋のベリーダンサーはアメリカから出てきました。彼女の名前はルースセントデニス彼女はダンスの学校を創立したひとでもあります。

シリアのLittle Egyptがシカゴでパフォーマンス(1983年)
シリアのLittle Egyptがシカゴでパフォーマンス(1983年)

アメリカの影響

ヨーロッパに本当にベリーダンスを一般の人々が習い始めたのは第二次大戦の後の話。アメリカから戦後にヨーロッパに移住してきたベリーダンスをすでにアメリカで習っていた軍人の奥さん方などからこっちのヨーロッパ人の女性に受け継がれて、今現在にいたるそうです。
ちなみにオランダ人で、マタ・ハリ というベリーダンサースパイがいました。
ドイツと、フランスにスパイした人です。この彼女について、は色々な映画が出てます。題名は“マタ・ハリ”。2014年に同じ題名で映画がハリウッドから出るそうです・・楽しみですね~~!!

マタ・ハリ:オリエンタルダンサーと誘惑の二重スパイ(1876年 - 1917年)
マタ・ハリ:オリエンタルダンサーと誘惑の二重スパイ(1876年 – 1917年)